世界への扉を開いた日本のパイオニアとして、Transworld で忠の事を書いてました。
忠の映像紹介でLSP2014 episode2 FEBRUARY JPANとはされてますが、
相変わらずLSPの事は取り上げませんね〜苦笑
今にみてろ〜!!
なんてね笑
是非チェックしてみてくださいね〜
以下Transworld snowbording japanより
アドレス先→
http://www.transworldweb.jp/snow/feature/vol-19-period-ran-great-fuse-chung-the-history/
時代を動かした重要人物「布施 忠」【THE HISTORY】Vol.19
BIG FIGURE
IN HISTORY
時代を動かした重要人物たち。
歴史を語るうえで、そのストーリーを動かした重要人物に触れないわけにはいかない。本項では、今なお語り継がれるレジェ ンドからシーンの最前線をひた走る現役ライダー、そして、日本人としてグローバル史に名を連ねる価値を持つ男たちに迫った。彼らの偉業や功績を知ることで、これからのスノーボードライフに活かせる何かがあるかもしれない。
text: Takashi Osanai
彼がグーフィーだということを忘れてしまいそうになる
Whistler backcountry, B.C., Canada, 2014
photo: Taro Koeji
#12
Tadashi Fuse
布施 忠
世界への扉を開いた日本のパイオニア
スノーボードに限らず、いつしかスポットの当たる場所から遠ざかることになるのがプロフェッショナルとしての宿命だ。セカンドキャリアをどう迎え、新たな人生をどう切り開いていくのか。それは、すべてのプロアスリートが抱える問いなのである。
そして今、布施忠はキャリアの転換期を迎えている。
16歳でスノーボードを始め、18歳でプロへ転向。以降、国内外問わず多くのスポンサーを獲得して活動していた時代に、布施は日本人スノーボーダーとして新しい時代を築いた。世界レベルで日常的に存在できる初の日本人ライダーとなったのだ。
MOSS、GRAYと国内ブランドからサポートを受ける時代を経て、海外活動が多くなるとバックカントリーの宝庫であるカナダ・ウィスラーへ拠点を移し、ROSSIGNOLとはインターナショナル契約を結ぶ。シーズン中はスノーモービルを使って山深いエリアへアクセスし、クルー以外は誰もいない環境での撮影に明け暮れた。そのクルーにはデバン・ウォルシュ、クリス・ダフィシー、JFペルシャら現役バリバリでイケイケのカナディアンがズラリ。まさしく、世界レベルの日常に布施は身を置き続けたのである。
その成果として、プロとして活動するライダーなら誰もが出演を願った、今はなきMACK DAWG PRODUCTIONSの作品『SHAKEDOWN』(2003年)で日本人初となるフッテージを獲得し、その翌年、WHITEOUT FILMSの作品『POSITRON』(2004年)では並みいるトップライダーを抑えトリをつとめた。2004年にROSSIGNOLから移籍したBURTONでは、自身のシグネチャーボードをリリース。こちらも日本人初の快挙となった。
世界を股にかけるインターナショナルライダーとしての評価を確かなものにしていくなか、布施はサポートを受ける側から、あらゆる責任を自ら背負って発信する側へと立ち位置を変化させていく。
ひとつが映像プロダクションのHEART FILMS設立であり、もうひとつがスノーボードブランド・YESの創設だ。特にYESはDCP、ロメイン・デ・マルチ、JPソルバーグらと立ち上げた独立系ブランド。国際色の豊かな顔ぶれとプロジェクトを推進できるところに、布施がこれまで積み重ねてきたキャリアをみることができる。そして、自身はオーナー兼ライダーとして日本、カナダ、アラスカ、チリといった世界の山々で滑り、その模様を写真や動画に収め、発信している。
デビュー時に逸材と呼ばれた布施も37歳。その道のりは多くが期待したとおりに、新しい世界の扉を開き続けたものであった。しかし、プロとして、ひとりのスノーボーダーとしての人生はまだまだ続く。地元の山形を含めた東北など、国内の冬を満喫した模様がvimeoに「LSP2014 episode2 FEBRUARY JPAN」としてアップされているが(地形を巧みに利用した布施のツリーランは必見!)、これから先のスノーボード人生、日本だけを活動の舞台にするということではないのだろう。
世界を体感した時期を経て、今は改めて日本を知る段階。草の根的に一般スノーボーダーと触れ合って、また自身も日本の風土を噛みしめる。そうして日本のよさを体感した後、はたして布施にはどのような情熱がわき上がってくるのだろうか。
世界に通じる数少ない日本人ライダーである。願わくば、自身のスノーボードを向上させることだけではなく、日本スノーボードの未来へ向けた、布施らしい種まきを期待したい。